神鳥の卵 第20話クリスマス前編


真っ白い画用紙の前に、乳飲み子がちょこんと座っていた。
眉間に小さなシワを作り、真っ白な画用紙を睨みつけている。

「ルルーシュ、いい加減覚悟を決めたらどうだ?」
「ぁぅ・・・」
「このまま何もせずに終わらせるつもりか?お前の覚悟はその程度だったのか?」

魔女があざ笑うと、イライラスイッチが一瞬でONになったルルーシュは「はっ、ありえないな。俺が何もせずに負けを認めると思うか?」と言いたげに不敵な笑みを浮かべた。乳飲み子らしからぬ表情だが、天使と言っていいほど愛らしい赤子がそんな表情をしても可愛いだけだった。
覚悟を決め、小さな手で握りしめていた緑のクレヨンで 線を引いた。
だが、幼い手では思う通りに線が引けず、真っ直ぐに引くはずが大きく歪んでいき、それと同時にルルーシュの顔も歪んだ。大きな瞳にじわりと涙がたまるが、口元をキュッと引き締め、手を動かしていく。

「なかなか上手いじゃないか」
「ぅ~」

C.C.の声に顔を上げたルルーシュは「どこがだ!」と、両目に悔し涙を貯めて睨んできた。ろくに自由にならない赤ん坊の体でそれだけ書ければ御の字だろうと言いたいが、完璧主義なルルーシュはお気に召さないらしい。もっと美しく丁寧に、完璧なものを仕上げられるのにと、思い通りにならない体に悔し涙をぽろりと零した。

「これを見ろルルーシュ」

そんなルルーシュの前にC.C.は何やら書類を出した。
印字されたものではなく誰かの直筆の書類らしい。
ミミズののたくったような文字が並んでいるが、はっきり言ってどこの国の文字かさえ解読できなかった。「読めるか?」と問われ思わず首を振ったが、「・・・いや待て、この文字何処かで・・・」と、記憶の片隅にある何かを引っ張り出そうとしたのだがうまく行かなかった。「俺はこの筆記に見覚えがあるはずだが?」とハテナを飛ばすルルーシュに、「だろうな」とC.C.が答えた。

「これは、スザクの字だ。この書類は、演説の案を書きなぐったものだよ」

言われてルルーシュはハッとなった。
そうだこの独特な筆跡、それでなくても綺麗とは言い難かったスザクの文字を更に読み難くしたものだった。人に見せる前提であの汚さだったのだから、自分用のメモだと、解読不能レベルの汚さになるのだ。

「これに比べて、見ろお前の文字を。綺麗な字じゃないか」

そう言われて、改めて自分が書いた文字を見る。
こちらもお世辞にも綺麗とは言い難い歪んだ文字だが、少なくても読める代物だ。いや、若干歪んでいるが、綺麗と言っていいんじゃないか?
20を超えたスザクの文字より綺麗な字だと気づいたルルーシュは、途端に機嫌を良くし、続く文字を書き始めた。現金なものだと思うが、完璧主義なルルーシュには許せなくても、ルルーシュが書いたというだけでルルーシュ馬鹿の大人たちは大喜び間違い無しなんだから、悩むだけ無駄なのだ。
部屋の扉がノックされ、セシルが室内に入ってきた。

「陛下、こちらの準備が終わりましたので確認をお願いします」
「ああ、早かったな」

C.C.は腰掛けていたベッドから立ち上がると、ルルーシュが書いた画用紙を集めた。時間はかかったが全部の文字を書き終わったようだ。
C.C.が集めている間に、ルルーシュはしっかりといつも通りのキリリとした可愛らしい表情に戻っており、その背中に生えている羽でふよふよと空中を漂い始めた。
本人は自由に飛んでいるつもりだが、漂っているという方がしっくり来るのだ。
のんびりゆったりとした飛行だが、セシルは扉を大きく開けてルルーシュの 邪魔にならないよう身を避けた。
寝室から続く居間は、ルルーシュの計画通り様変わりしていた。
ふよふよ漂いながら、その出来を見て、ルルーシュは「よし完璧だ。後はその画用紙を飾れば完成だ」と偉そうにふんぞり返っている。
・・・ちなみに、ルルーシュが空を飛べる事をスザクは知らない。
最初の頃は飛べなかったが、結構早い段階でルルーシュは飛べるようになり、羽は飾りでないことがわかったのだが、ルルーシュに無茶な運動をさせようとあのバカが無茶振りしたことでルルーシュのイライラスイッチが入り、運動同様飛行に関してもスザクには内緒になっているのだ。
テーブルに置かれていたハサミで、ルルーシュの指示通り先程の画用紙の文字をくり抜くと壁に貼り付けた。「よし、完成だ!」と目をキラキラさせたルルーシュが言った。



居間には大きなクリスマスツリー
ツリーの下には沢山のプレゼント
くり抜いた文字はMerry Christmas!
部屋の壁や家具にはクリスマスらしいキラキラとした装飾を施した。

そう、今日はクリスマス。
クリスマスイブもゼロの公務で帰れなかったスザクへのサプライズパーティーの会場を作っていたのだ。まあ、パーティと言っても、参加者は今ここにいるルルーシュ、C.C.、ロイド、セシル、咲世子とゼロであるスザクだけなのだが。
咲世子は現在料理の仕込み中で、ロイドは装飾をした際のゴミをセシルとともに片付けている最中だ。この後二人はお酒などの買い出しに出かけることになっている。
スザクが戻ってくる予定時間は恐らく20時。
それまでにルルーシュは一度仮眠し、万全の体制でスザクを迎えるつもりでいた。ルルーシュはスザクが驚き喜ぶ姿を想像し、とてもテンションが高くなっていて、果たしてこれで眠れるのか?とC.C.は若干不安を感じていた。


******************

「ゼロ。今日の仕事はこれで終わりです。お疲れ様でした」

合衆国インドとの通信を切ったナナリーはにっこり笑顔でそういった。
時間はまだ17時を過ぎたばかりで、いつもならあと2・3時間は公務が残っているはずだ。昨日だって帰宅する暇が無いほどだったのに今日は終わりと言われ、ゼロスザクは困惑した。
仮面の下の表情など誰にもわからないが、元々目の見えなかったナナリーだ。
ゼロの纏う空気の僅かな変化でそれがわかったのだろう。
動揺したゼロに対しナナリーはくすりと笑った。

「ゼロ、今日はクリスマスです。今日ぐらい早く仕事を終えてもいいと思いませんか?」

小首を傾げながらいうナナリーに、ああ、そうだ、今日はクリスマスだったと思いだした。時間の合間に読んだ新聞やニュースなどでも知っていたはずなのに、ゼロになった途端雑事は頭の中から抜け落ちてしまう。
クリスマスならルルーシュとナナリーにプレゼントを買うんだったと、今更だが後悔した。今からでも間に合うだろうが、流石にゼロの格好で賑やかな街に出る訳にはいかない。・・・賑やかでなくても問題だが、最近のスザクの感覚は少しずれてしまい、近場のお店にはゼロの格好でも時たま出没していた。

「クリスマスに何かご予定はないのですか?」

ナナリーに聞かれ、ゼロは首を振った。
ですよね、とナナリーはくすりと笑う。
そんな彼女は恐らく今日何か用事があるのだろう。年頃の娘だから、もしかしたら人知れずお付き合いしている男性が・・・そこまで考えてゼロの機嫌は明らかに低下した。僕たちのナナリーに男?冗談だろ?今までそんな気配なかったし、もしそんな男が入ればルルーシュが黙っていないだろう。これは由々しき事態だと考え始めるが、その考えも読んだのかナナリーは「私はこれからカレンさんと一緒にケーキを食べる約束をしたんです」とにっこり笑いながら言った。
クリスマスでさえ、自由に過ごすことの許されないゼロと同じく、ナナリーも悪逆皇帝の妹であるが故に総督府から自由に外に行くことは許されない身なのだ。

「せめてゆっくり休んでくださいね」

微笑みながら言うナナリーに頭を下げ、ゼロはその場を後にした。

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「ただいまー・・・!?うわ、すごい!」

家に戻ったスザクは、目に写った光景に歓喜の声を上げた。
昨日まで何の変哲もなかった部屋が、クリスマス一色の飾り付けになっているのだ。
マスクを外し、キョロキョロと当たりを見回し、クレヨンで書かれたMerry Christmas!の文字も見つけ、自然と顔が綻んだ。
ロイドとセシルの字でも咲世子の字でもない。
C.C.のものでもないから、となればあと一人しかいない。
そもそもロイドたちなら、パソコンで出力させた文字を貼り付けているだろう。
手書きという時点で、書いたのはルルーシュしかありえない。

「すごい!ルルーシュが字を書いてる!ツリーもある!え?いつの間に用意したの??すごい!クリスマスだ!」

すごいすごいしか言えないが、本当にすごいのだから仕方がない。
クリスマスパーティなんていつ以来だろう。
スザクは携帯を取り出すと、文字を中心に何枚も写真を取った。
スザクの声に気がついたのか、誰かこの部屋にやってきた。

「スザク様?」

それは咲世子だった。
手にクナイを持ち、警戒しながら室内に入った咲世子は、なんでこの時間にスザクが!?と驚き目を見開いた後クナイを仕舞った。

「お帰りなさいませ、スザク様」
「ただいま帰りました、咲世子さん。ルルーシュは?」
「お休み中でございます。スザク様がお帰りになるのは20時頃になると思っていましたもので、それまで仮眠をとることに」
「そうなんだ。じゃあC.C.も寝てるのかな?」
「はい。ロイド様とセシル様はお酒を買いに出かけられています」
「あ、ロイドさんたちも来るんだ」

そう言いながらマントを外すと、咲世子はそれを受け取った。

「ナナリーがね、今日はクリスマスだから早くに帰りましょうって」
「ナナリー様が」
「うん。じゃあ、ルルーシュが起きるまでまだ時間がありますね。僕着替えたらちょっと買い物に行きたいので、変装する手伝いをお願いしていいですか?」

スザクの顔は知られすぎているため、咲世子の変装技術を借りれば出かけることも簡単だ。みんなの分のクリスマスプレゼントを買って戻ってくる時間も十分ある。

「それならば、私の姿に変装するのが一番かと。すぐに用意を致します」

咲世子の姿なら出入り口で警備員に見せるパスも全部咲世子の物を使えば済む。
身長差はあるが、それほど問題にはならないだろう。

「お願いします」

女装か・・・と思いながらも背に腹は代えられないため、スザクは頭を下げた。

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